シンガポールデザインレポート    建築   

「21世紀のサスティナブルな都市のための戦略」レポート(4/5)

17.03.06

シンガポールデザインの講演会レポート4回目は、WOHAのウォン・マン・サム氏とリチャード・ハッセル氏、SUEP.の末光弘和氏、モデレーターのエルウィン・ビライ氏によるトークセッションです。

▲ 建築評論家のエルウィン・ビライ氏。


エルウィン・ビライ:WOHA、末光さんによる刺激的なプレゼンテーションを踏まえ、ここからテーマの「サスティナビリティ」について対話していきたいと思います。

WOHAもSUEP.もそれぞれメソッドを持ち、課題やニーズに応えていくためのプロセスがあります。自然に対する向き合い方では、WOHAはマニフェストに基づいた独自の評価基準でプロジェクトを定量化し、SUEP.は分析データを駆使してフォルムを導き出しています。まず、建築と自然についての考えから伺います。


自然と建築

リチャード・ハッセル(WOHA):自然はひじょうに面白いテーマです。これまで自然は、建築や都市とは対峙するものと見なされていました。しかし、自然と都市は対立するものではなく、都市もまた自然の一部になり得ます。自然に対してエンジニアリング的にアプローチすることで、一見ロマンチックでファンタジーだと思われていたことが、体系的に「可能」となります。自然は建築素材やハードウェア、サービスなどと同じように捉えることができるのです。

一方で、ユーザーにとってそれらはどうでもいい。例えば「パーク ロイヤル オン ピッカリング」は彼らにとってロマンチックで幻想的なファンタジーの景色であり、「ぜひ内部を探検してみたい」という目で見てくれます。建築はデータやテクノロジーによって支えられていますが、私たちは「よりよい未来」を実現させるためにそれらを駆使しています。データだけでは少しも面白くなく、叙情的で詩的な世界とテクノロジーを組み合わせることが大事だと考えています。

▲ WOHAによる「パーク ロイヤル オン ピッカリング」のプール。


ビライ:データは大事ですが、どのようにデータを解釈するかに建築家の“芸”があるということですか。

ハッセル:その通り。もう1つはビジョンの共有の仕方です。例えば地球温暖化は誰もがわかっているけれど、個人で自分の暮らしを変えるのは難しい。でも問題が解決した後の世界に住む自分、もっとパワーがあって詩的な未来に暮らす自分をイメージできたら、人は動いてくれます。人の心に訴えなければいけないということです。設備を説明しても、理解してもらえません。

ビライ:SUEP.もデータをうまく活用していると思います。自然の機能やプロセスを観察したうえで、テクノロジーやデータによって応えていると思うのですが。

末光弘和:20世紀の建築は人間のためにつくられてきましたが、21世紀になって地球環境の問題が出てきたため、新しいパラメータに「自然」が入ってきたのです。建築や街をつくるのは人のためだけれど、自然のためでもなければならない。2つのパラメータを同時に解釈し、合理性に基づいた建築をつくっていく面白い時代です。

その面白さとは、WOHAが取り組むメガシティのプロジェクトでも、私の小さな住宅プロジェクトでも、自然環境という意味では連続体です。スケールを横断していく人類共通のテーマであることに魅力を感じます。

そのためには、やはりデータを積み重ね、それによって説得したり、共有していく時代。具体的な数字を持って取り組むことで、20世紀に分断化・細分化されたものを統合するきっかけになるかもしれません。

▲ WOHAのウォン・マン・サム氏(右)とリチャード・ハッセル氏。


その国の気候との向き合い方

ビライ:自然と向き合うなかで、シンガポールと日本の違いは気候だと思います。WOHAは自国の気候について、どのように取り組んでいるのでしょう。

ハッセル:私が末光さんのプロジェクトでひじょうに面白いと思ったのは風のモデリングです。風や空気の動きを読むということで言えば、伝統的建築では細心の注意を払っていたのに、今や失われてしまったスキルではないでしょうか。現代ではコンピュータでスピーディに分析できますが、一般の人には伝えづらいところがあります。

SUEP.が手がける風のダイヤグラムは、人間の身体と建築のリサーチのうえに成り立ち、またきわめて美しい形で示されていると思います。風が、叙情的な側面を持っていることがわかります。

私たちのプロジェクトでは、室内空間のシミュレーションや分析はいいのですが、風があまり吹いていない屋外ではモデリングがとても難しい。風洞実験もしますが、課題は「美しい」データが取れないこと。なので、かなりのところまで経験や原則に基づいています。シンガポールは気温も湿度も高く、居心地の善し悪しを決めるのは0.5m単位の微妙な風速の違いだったりします。空気の停滞は居心地の悪さを意味するので、なるべくオープンにして、空気が溜まるところをつくらないようにしています。

▲ SUEP.末光氏の住宅プロジェクト「地中の棲処(すみか)」より風のモデリングの一例。


末光:日本では今、省エネ法が変わろうとしていて、窓の面積や壁の厚さなど、どちらかというとドイツ型の寒い地域に根ざした規制になりそうです。けれど、日本の国土は寒冷から温暖まで幅広く、南の地域の建築を同じ法律で規制するのは大きな問題ではないかと思います。シンガポールのような常夏の地域のエコロジカルで開放感を持った建築の姿を日本も学ぶべきだと思うし、法律をより柔軟にしていかないと、堅苦しい建築や都市が生まれてしまうかもしれません。

また、風の分析は、ビッグデータにより信頼性が上がっています。東京と言っても新宿、世田谷、江東では全く異なるマイクロクライメイトがあり、それらを読み解きながら、個々にフィットした建築をつくります。しかし、それがすべてではないのです。人のアクティビティや生活も融合させながらデザインしていくことが大切です。

シンガポールを見ていると決して肩肘張った「サスティナビリティ」ではなく、自然体でいろいろなバリューがミックスされています。日本のこれからの都市もそうした感じで描けるようにしないと、つまらない街ができてしまうのではと危惧しています。


政府と建築家の良好なパートナーシップ

ビライ:未来に向かうなかでどうすれば物事をもっと良くできるのか、ということを考えます。そのなかでシンガポール政府は自国を前進させるためにポジティブな役割を果たしていますね。

ハッセル:シンガポールはかなりスピーディな変革の経験を積んできました。私が初めてシンガポールに来たときはそれほど面白いところとは思われていませんでしたが、今やきわめてエキサイティングな都市へと変貌を遂げています。シンガポールはもともと石橋を叩いて渡るように慎重にソリューションを採択していく国ですが、それらを短期間にまとめて推進してきたと言えるのではないでしょうか。

これからは未知への飛躍が必要になるかもしれません。21世紀の都市となるためには、積み上げられたベストプラクティスの採用だけでは済まされない。そこが心配でもあります。これまでさんざん確認されたことをやってきたのがシンガポールでしたので。

ウォン・マン・サム(WOHA):シンガポールの特徴は、良いガバナンスと良いインスティテューションがあり、民間と政府のあいだに良いパートナーシップが築けていることです。私たちは建築家として政府と密接に協力しながら仕事をしています。今後シンガポールでどのように物事が変わろうとしているかを見ているところです。

シンガポールはトップダウンとボトムアップの両輪により、戦略的な変革をやり遂げてきました。しかも短期間のうちにです。今日のシンガポールを見ると、人々が過去25年間で計画してきたことを実際に具現化していることがわかります。

▲ SUEP.の末光弘和氏(右)とエルウィン・ビライ氏。


ビライ:最近、シンガポール議会から発表された未来経済のための報告書や、2012年のグリーンプランを見ても、「イノベーション」が重要なキーワードとなっています。そのなかで例えば、日本が得意とするデジタルテクノロジーは、都市や建築においてどういった役割を果たせると思いますか。

末光:日本とシンガポールの違いは気候のほかに、経済の違いもあります。WOHAの事例を見ると本当にメガシティのプロジェクトで右肩上がりの経済をイメージしているし、資本主義経済に則ったビジョンだと思います。逆に、そういうものの一部としての建築にも見えます。

一方、日本の社会はこれから経済も人口もシュリンクしていく。そのなかではテクノロジーも別の意味を持つのではないか。日本が縮小していくとしたら、例えばどのようにコンパクトシティを実現していくか。あるいは住民をどのようにコミュニティに参加させるか、といった際にもテクノロジーが重要になるでしょう。

コミュニケーションツールという意味では、行政が建物を建てるときに、何年間でどのくらいのエネルギーコストやランニングコストがかかるかといったエビデンス(証拠)を示すのもまたテクノロジーです。縮退社会でも資本主義経済として残っていきたいという思いもあるでしょうから、そのときにデザインとエビデンスをつなげるような世界観もあるのでは。そのようにテクノロジーの役割が大きく2つに分かれていくだろう、という直感があります。


→トークセッションの模様は最終回に続きます。


エルウィン・ビライ Erwin Viray
建築評論家。シンガポール工科デザイン大学建築・サスティナブルデザイン学部長。1961年生まれ。1982年フィリピン大学建築学部卒業後、京都工芸繊維大学大学院建築学専攻修士課程、東京大学大学院建築学専攻博士課程修了。2011年より京都工芸繊維大学教授。2015年同大学の学長補佐官を務めた。主な著書に『素材の美学―表面が動き始めるとき』(共立出版、2002年)など。シンガポールプレジデントアワード審査委員長(2012-2016年)をはじめ、賞の審査員も多く務める。

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