KOKUYO DESIGN AWARD   

コクヨデザインアワード受賞作「Stoop」商品化プロジェクト 「世に送り出すため、どんなハードルも乗り越える」

16.12.30

12月20日午後8時、鹿児島県肝付町の内之浦宇宙空間観測所で新型固体燃料ロケット「イプシロン」2号機が打ち上げられた。付近の見学会場(宮原一般見学場および内之浦漁港)では夕方から3千人ちかくもの観客が集まり、打ち上げを待った。

仮設の見学会場にはレジャーシートを広げる人、アウトドア用の折りたたみ椅子を持参する人などさまざまだ。そのなかに、赤い座布団状のプラスチック椅子を持っている観客がいた。椅子の名称は「Stoop(ストゥープ)」。文具とオフィス家具を展開するコクヨの新製品であり、一般発売に先駆けてこの日見学会場で限定販売されたもの。購入者は思い思いの場所にStoopを置き、自由な姿勢で座っている。その様子を緊張の面持ちで見守る男性がいた。コクヨ 経営企画室 ブランド創出センター部長の藤木武史さん、Stoopの開発者の1人である。

イプシロン打ち上げを記念した「Stoop<イプシロン・バーション>」。赤色はイプシロンのポイントカラーをイメージしたもので、600個が肝付町の見学会場で限定販売された

日本と海外で暮らすなかで見出した日本のよさ

藤木さんは長年にわたり、同社が2002年から主催しているデザインコンペ「コクヨデザインアワード」の事務局担当者として募集や審査、表彰にまつわる一連の活動を指揮している。加えてもう1つ重要なミッションが、受賞作の商品化だ。受賞作は必ず社内で試作をつくり、商品化を検討するのがこのアワードの特徴。これまでにも「カドケシ」や「キャンパスノート<パラクルノ>」、「Beetle Tip(ビートルティップ)」といったヒット商品を生み出してきた。

こうしたなか、コクヨデザインアワード2013の優秀賞としてStoopが選ばれた。作者は米国在住のプロダクトデザイナー、ユカ・ヒヨシさん。高校時代に渡米し、インダストリアルデザインの教育を受けた後、デザインコンサルティングファームを経てフリーランスのデザイナーとして活躍してきた。現在はミシガン州のメーカーに勤務するインハウスデザイナーだ。

ユカ・ヒヨシさん

応募した2013年当時はフリーランスだった。「たまたまインターネットで見つけた」というコクヨデザインアワードの募集記事のなかで「HAPPY ✕ DESIGN」というテーマに興味を持った。「普段の仕事ではつくる対象の内容や条件が明確に細かく決められています。それに対してこれはとても広くて漠然としたテーマ。自分でイチから定義づけをして進めていくようなプロセスに新鮮さを感じて応募しました」(ユカさん)。

作品のコンセプトは「インルームもアウトドアも、語り、学び、楽しむ」。これはユカさんが米国での生活で日々目にしてきた、人々がStoop(ビルの入口にある階段を指す。身をかがめるという意味もある)に腰掛けて会話を楽しんだり、キャンパスの芝生に座って絵を描くといった光景がベースになっている。「外で過ごすのは気持ちがいい。でも、そのまま階段や芝生に座ると汚れますよね。だから手軽に持ち運べる座面のようなものがあればいいのではないかと考えました」。

審査時のプレゼン資料。

Stoopの形はユカさんが日本に一時帰国した際に見かけた、駅のベンチにくくりつけられた座布団がヒントになっている。「すごいなと思いました。誰かの幸せを考えてこれをつくった人がいて、これを壊したり持ち帰る人がいないということ。米国では考えられない」。ユカさんはアワードの最終審査のために来日し、自身が海外で暮らすなかで日本のよさを見出した経験を紹介し、Stoopがどのようにして人をHAPPYにするのかを審査員に訴えた。

プレゼンのための試作を3Dプリンターで制作。米国内では直径40センチ(当時)の大きさに対応できず、ヨーロッパの会社に依頼した。

「もう終わった、あかん」

「最終審査のプレゼンが印象的で審査員からも好評だった」と藤木さんは振り返る。その半年後に商品化に着手するのだが、数ある受賞作のなかでも、特にStoopの商品化を推進したのには理由があった。コクヨの事業は大きくステーショナリー(文房具)とファニチャー(オフィス家具)に分かれるが、これまで圧倒的に文房具関連の受賞が多く、「文房具のアワード」としてのイメージが強くなりがちだった。ファニチャー事業部としては「なんとしても家具関連の商品化を実現したい」という意気込みがあったという。

2014年夏にユカさんに連絡を取り、開発プロジェクトがスタート。最初に直面したのが、耐荷重の問題だった。「体重の大きい人が座ると、もともとふわっとしていた凸型の座面が地面に着いてしまう。そこでポリプロピレンの材料を少し硬くして凹ませることで座っても下に着かないようにしました」(藤木さん)。ところが新デザインを審査員にプレゼンしたところ「これは最初のStoopとは全然違うものだ」と反対されてしまった。しかもファニチャー事業部からは「受賞作とはいえ、売る手段もなければ具体的に買っていただける人も見えないのに投資はできない。」と厳しい見解を突きつけられた。

これを受けて藤木さんは、再プレゼンに向けて販売のアイデアを懸命に考え、さらにユカさんと相談してStoopに脚をつけてスツールとしても使える案を新たに展開した。「座布団など低い姿勢で座るものは現代社会に受け容れられにくいかもしれない。汎用性をもたせるため、家ではスツールとして使うことやオフィス家具としての展開を提案したのです」(ユカさん)。ところが再プレゼンでは、アワード審査員から「もともと地面に座るというコンセプトだったはず。これではただの椅子」とさらなる不評を買ってしまった。

初期に提案していたスツールの案

「もう終わった、あかん」。藤木さんは惨憺たる結果に肩を落とし、メールでユカさんに詫びた。「僕のプレゼンの仕方が悪かったせいで審査員の評価を落としてしまった。ユカさんもたくさんアイデアやデザインをつくって頑張ってくれたが、今のところこれ以上前に進むことはできない」。するとユカさんから返信があった。「私はそのプレゼンを見ていないけれども、藤木さんが審査員の前でベストプレゼンをしたのが目に浮かぶ。悔いはない」。それを見て、藤木さんは思わず拳を握りしめた。そして「これを世に出すため、もう1回がんばろう」と立ち上がった。

困難と変更と調整の連続

とはいえ、これ以上1人で開発するのは無理だった。「当時のコクヨファニチャーのベテラン技術者(菅野隆夫さん)を引き込み、耐荷重の解析や設計などすべてお願いすることにしました」。ファニチャー事業部では、オフィスチェアの一部商品で樹脂成型による背もたれなどはつくっている。しかし背もたれと座面では求められる強度が全く違う。当初「すぐにできるだろう」と思われていた開発は、予想外の困難をいくつも乗り越えなければならなかった。

ひずみ量の解析データ。当初の案ではひずみ量(赤い部分)が多く、樹脂に負荷がかかって全くもたないということがわかる。

よりコンパクトにするため、全体の厚みを薄くし、ペットボトル1本分(約500グラム)くらいまで軽量化することも求められた。「大きさを一回り小さくしたうえで、どれだけ構造的に軽くできるかに挑戦しました。造形的に美しく、かつ、見たときに『ここに座っても大丈夫』という安心感がなければならない。解析データに基いて、プラスチックをコンマ1ミリ単位で削ぎ落としていく作業が最も大変でした」(ユカさん)。

座面の模様についても、「当初案では子供の指がはさまる危険がある」として変更する必要があった。「最終的には七宝文様を取り入れました。イスラム、中国の寺院でも似たような幾何学模様を見かけます。Stoopを世界の人に届けると考えたときに、どこか親しみのある模様ができたらいいなと思いました」。

ユカさん、藤木さん、そしてコクヨの技術者は、週1回のペースでフェイスタイムを通じてやりとりした。コクヨがつくった試作モデルを見て議論し、ユカさんがその内容を3Dデータに反映させるというサイクルを繰り返す。ユカさんは昼間は自分の仕事をこなしながら、主に夜間にStoopに取りかかった。「忙しいときもありましたが少しも大変だとは思いませんでした。デザインの変更もイヤではなかった。商品をよくするために前向きで正直な意見をくれるから、みんなで試作を見ながら話すのが本当に楽しみでした」(ユカさん)。

ライバルはブルーシート

Stoopのブラッシュアップを進める一方、藤木さんは販路を開拓するため、販売計画をつくって片っ端から営業に行った。一般販売店はひと通り回り、どこかでまとまった人数の集うイベントがあると聞いては試作を持って赴く。しかしこれまでビジネス市場がメインだったファニチャー事業部にとってコンシューマ市場の開拓は厳しさを極めた。「(今まで見たことがないから)そんなものは売れない」と冷たい反応が続くなか、一箇所だけ「面白いですね」と言ってくれたところがあった。JAXA(宇宙航空研究開発機構)新事業促進部だ。

1963年、日本で2番目に開所されたロケット打ち上げ施設を擁する内之浦宇宙空間観測所(鹿児島県肝付町)だが、その知名度は種子島宇宙センターに比べて低い。しかし、ロケット打ち上げのために54年間にわたり住民とJAXAが一体となって協力してきた歴史を持つ。なんとかロケットで観光や経済を掘り起こしたい、という想いが肝付町や内之浦創星会にはあったという。その上でイプシロンイベント担当者は「Stoopはぴったりな材料だと思うのでぜひ打ち上げ会場で販売してPRしたい」と言ってくれた。早速、JAXAの意見をヒアリングしてStoopにさらなる改良を加え、イプシロンロケットにちなんだ赤色の限定バーションを制作。それが冒頭の、赤い「Stoop<イプシロン・バーション>」(JAXA 商品化許諾品)である。

「Stoop<イプシロン・バーション>」の専用バッグ。ロゴなどのデザインはコクヨ社内で行った。

肝付町の見学会場で、実際にStoopに座る人を1人また1人と見つけては、藤木さんは目を細める。「Stoopのライバルはアウトドア椅子ではなく“ブルーシート”。花火大会や花見のために買って自分の身体よりも何倍も広い場所を取って、イベントが終わったら捨てる。本当は持って帰るという文化を育てないといけないと思う。Stoopはどこでもすぐに座れて、隣の人との距離も近くなる。より親密なコミュニケーションを楽しめるツールとして発信していきたいんです。今までないものだったから、本当に悩んだし、開発も営業も大変でしたけれどね」(藤木さん)。

社内ではStoopに関わる「仲間」も増え、今ではファニチャー事業本部とステーショナリー事業本部合わせて10人を超えるチームになった。コンシューマのノウハウとネットワークをもつステーショナリー事業のメンバーが加わったことで一般販売店に対しても断然アクセスしやすくなった。ロケット打ち上げ会場では物販ブースに立ち、率先して売ってくれた。「仲間が増えることでやれる範囲が広がっていくし、提案の完成度も高くなる」と藤木さんは喜ぶ。ファニチャー部門が開発し、ステーショナリー部門が販売をサポートするという新たな形の協力体制で、今後も引き続きStoopを展開していく予定だ。

12月20日の肝付町での発表、東急ハンズでも一部販売開始。2017年1月中にはオンラインストア「コクヨショーケース」でも販売が始まる。また、2月から通常品が本格的に販売される。

新しい市場を開拓する推進力としてのアワード

ところで今年、「コクヨデザインアワード2016」の応募総数が減少したのは事実だ。「HOW TO LIVE」は例年以上に広いテーマであり、応募者にとっては難題だったと考えられる。受賞作もどこか哲学的な、新しい生き方や考え方を示すコンセプチュアルなものが多いという印象だ。一方で藤木氏は「グランプリの『素材としての文房具』をはじめ、カテゴリーを新しく開拓しようとしてくれたものばかり」と評価する。「Stoopも全く同じ。既存の市場ではない、新しいステージやフィールドを見つけるために、このデザインアワードがコクヨの推進力になっています」。

「コクヨデザインアワード2016」のグランプリ作品「素材としての文房具」

受賞したときには「(審査員の)佐藤可士和さんにトロフィーをもらえて嬉しい」と単純に喜んだユカさんも商品開発が始まると、コクヨの真剣な姿勢にモードが切り替わった。「デザイナーとしても大事なターニングポイントになったと思います。今回商品化に関って、コクヨはここまでやってくれるんだ、と感動した。何気なく出したアイデアをここまで真剣に、一緒に掘ってくれて、サポートしてくれた。人と人とのプロセスの楽しさは、実際にやってみるまでわかりませんでした」(ユカさん)。そしてこれからの応募者に向けて、「もし受賞して商品化プロジェクトに進んだなら、全身でそのプロセスを楽しんでほしい」とアドバイスする。

コクヨデザインアワードは先鋭的なアイデアを発掘して表彰するだけでは終わらない。むしろここから、「世に送り出す」というデザインの本番がスタートするのだ。(取材・文/今村玲子)

コクヨデザインアワード2016最終審査レポートはこちら

コクヨデザインアワードのウェブサイトはこちら

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