連載コラム「クリエイターの想いを尋ねて」   

第16回「日本発のデザイン“プラネテ”のつくり手——自由学園生活工芸研究所織物製品部」

16.08.03

この縞模様を見て、「懐かしい」と思われた方も多いだろう。私を含めた自由学園の卒業生にとって、子どもの頃の記憶とともに蘇ってくる、とても愛着のある模様だ。このバッグをデザインしているのは、東京・池袋の自由学園明日館内にある生活工芸研究所織物製品部である。

▲ 帆布100%のバッグ「シンプルトートA5」の新色ベリー。生地デザインは、神谷珠子氏。

インタビュー・文/浦川愛亜

▲ 明日館内のJMショップにて。プラネテのエプロンを身に着けている神谷珠子氏と、本橋安希子氏。


国内生産の丁寧なものづくり

生活工芸研究所では、積木やぬいぐるみ、スカーフ、ステーショナリー、織物製品などを企画制作。手作業によるものづくりと素材や製法にこだわった国内生産を大切にして、生活のなかで使う「真の実用性と美しさ」を持ったさまざまなものを提供している。

織物製品部では、冒頭の写真の縞模様の帆布「プラネテ(盛夏)」や織物の生地をデザインし、エプロンやバッグ、小物など多彩な製品に展開している。それらの形態や種類も考えるほか、スカーフのデザインとその染色も明日館内の工房で行っている。

同部署には、神谷珠子氏と本橋安希子氏をはじめ、パートスタッフが4名ほどいる。

▲「子どもリュック」は、30年以上前からつくられているロングセラー商品。色はペチカ。直径2センチの大きなボタンにして、子どもの指先の訓練にもなるように考えられている。


自由学園で学んだふたり

神谷氏は初等部(小学校)から、本橋氏は幼児生活団(幼稚園)から東京・東久留米市にある自由学園南沢キャンパスで学び、ともに最高学部(大学)まで進んで卒業した。

最高学部の美術は、絵画(油絵と日本画)、陶芸、木工、織物という5部門に分かれている。神谷氏は織物を専攻。卒業後、さらに織物を学びたいとスウェーデンの学校に進み、現地のアトリエでの経験も積んだ。現在は、自由学園の生徒に教える講師でもある。本橋氏は、最高学部で日本画を専攻し、卒業後は他部署で研修した後、現職に就いた。

神谷氏の母親も自由学園の卒業生で、弟妹も同学園に通っていたことから、生活工芸研究所がつくるエプロンやバッグ、遊具などがいつも身近にあったという。本橋氏は、父親が看板を制作するデザイナーだったので、家の中には常に色鉛筆や画用紙があり、自身も絵を描くことが好きだったそうだ。

▲ ポーチ(写真はオアシス)やペンケース、定期入れなどもある。その穏やかな色彩や独特な間の取り方からか、プラネテのデザインは日本的と言われることが多い。


日本発の独自の生地を開発

織物製品部がつくるもののなかでも、特にプラネテは80年以上にわたってつくり続けられている、歴史と伝統のあるデザインである。その起源は、1930年代に遡る。自由学園を卒業した山室光子氏と笹川和子氏は、美術工芸の技術発展と、織物や染色などのさらなる専門技術を求めて1931年にヨーロッパに渡った。

ふたりは、旧チェコスロバキアの国立工芸学校で工芸の基礎を学んだ後、バウハウス創立期の中心人物のひとりで、スイス人美術教育家のヨハネス・イッテンがドイツ・ベルリンに創設した美術学校イッテン・シューレに入学。イッテンの学校をふたりに紹介したのは、当時、バウハウスで学んでいた建築家の山脇 巌氏と道子氏夫妻だった。

帰国の途中でヨーロッパを巡るなか、南フランスで山室氏と笹川氏が目を奪われたのが、テニスラケットのカバーに使用されていた縞模様の、17世紀から伝わる「バスク織り」だった。日よけや虫除けのために牛の背にかける麻の粗い生地が発祥で、次第にコットンが主流になり、モダンにアレンジされるようになった。

その生地に触発されたふたりは、帰国後、1932年に工芸研究所(現・生活工芸研究所)の創立に携わり、日本の織り職人と研究を重ねて、糸の密度が高く厚手の丈夫な日本発の独自の色彩と模様の生地を開発した。それがプラネテだ。

▲ 来春のテーマカラーの緑をもとに、本橋氏が制作した図案。色は、大地に生えている草、花の葉や茎、木の葉などからインスパイアされた。


プラネテのつくり方

織物製品部でのプラネテの図案づくりは、紙や絵の具を使って手作業で行われている。その工程を大まかに言うと、最初に毎年2回決めるテーマカラーをもとにアクリル絵具でいろいろな色をつくり、紙に塗って複数の色紙を作成する。色の組み合わせや縞の幅、余白を考えながら、細長い台紙の上に色紙を切って貼っていく。4パターンほどつくって、研究所内のスタッフの意見なども聞いて最終的に1つにしぼる。

「一時期、コンピュータでつくったこともあるのですが、モニターで見たときの色と生地にしたときの色味がどうしても違ってしまうので、今はまた昔ながらの手作業で行っています」と本橋氏が言うように、色はつくり手の感性を表現する重要な部分。手作業でつくるのは大変ではないかと思うのだが、手を使って切ったり貼ったり、絵の具で塗るほうが楽しいそうだ。

プラネテは、最初に糸に染色を施す「先染め織」。だから、プリントした生地のように洗ううちに模様が褪せることはない。図案の決定後は必ず、糸の試し染めを行う。イメージしている色に染まっていなければ、染め直しをする。その後、実際の糸の染色、織り、縫製の工程を経て完成となる。テーマカラーを決めてから製品が店頭に並ぶまでは、合計で半年ほどかかる。

▲ 青々とした木々が生い茂る、自由学園南沢キャンパスの初等部入り口付近の風景。生徒たちの通学カバンは、プラネテのバッグだ。


独自の感性から生まれたもの

自由学園の学校教育のなかでは、プラネテについて学ぶ授業は特に行っていない。神谷氏と本橋氏はこの仕事に就く前の研修で、山室氏と笹川氏がイッテンから学んだことを教わったそうだ。イッテン独自の造形や色彩論をもとに明暗や寒暖、補色、彩度の対比、縞の面積と色の関係性、動きを出したいとき、反対に動きを止めたいときにはどういう縞にしたらいいかなど。

それらをベースにして今の時代性を反映させながら、ふたりの感性から生まれ出る色をもとにその組み合わせ、縞の幅や間合いなどをつくり出していく。時代性とつくり手が変われば、デザインも違うものになる。つまり、プラネテは数多くつくられてきた80年の歴史のなかで、1つとして同じものがない。

「『このバッグ、昔、私も持っていました』とおっしゃる方がいるんですけれど、それはないはずなんですね。色や模様の動きや流れに何となく共通しているものがあって、それが前に持っていたものと同じだと思われるのかもしれませんね」と神谷氏は言う。

▲ 2016年にアッシュコンセプトのデザイナーとプラネテの製品を共同開発した。写真は「Crepe Bag」。


デザインは無限にある

プラネテの色は、動植物や果物、空や水、火、風、土など、自然のものからインスパイアされたもの。イッテンの教育方針が自然観察を重視することに根差しているが、神谷氏と本橋氏のクリエイションの素は、幼少期から南沢キャンパスの美しい建物と自然豊かな環境で過ごした経験や、自由学園の学校教育が多分に影響しているのかもしれない。

自由学園では創立以来、美術工芸の教育に力を入れてきた。美術の授業は中高も必修で、生物やデザインの授業でも動植物や昆虫を写生することが多かったそうだ。「本当によく絵を描いていた記憶があります。花を描きたいと思ったらすぐに摘んで来られて、ウサギやヤギなどの動物も飼っていましたしね」と本橋氏。描く素材はすべてキャンパスにあり、校舎はフランク・ロイド・ライトの愛弟子の遠藤 新氏と息子の楽氏が手がけた、木造のモダンな建物だ。

神谷氏と本橋氏の普段のものの見方も面白い。例えば、絵画やフラワーアレンジメントを見たときに、色の組み合わせやバランス、使われている色の分量に目がいくそうだ。「綺麗だなと思う色の組み合わせを見たときに、プラネテにしたらどうなるかなとよく考えます」「平面に描かれた色が立体物の製品になったときにまた印象が変わるので、それを想像するのも楽しいですね」と話すふたり。

プラネテのアイデアは、日常のなかに散りばめられていて、無限に創造することができる。そのことを神谷氏も本橋氏も日々、ものづくりをするなかで喜びに感じているという。多彩な緑色が調和を奏でる新しいプラネテの製品が店頭に並ぶのは、草木がいっせいに芽吹く来春だそうだ。


第31回「自由学園美術工芸展」

自由学園が4年に1度実施する、幼児生活団から最高学部までの美術工芸作品の展覧会が、今秋に開かれる。自由学園の自然に恵まれたキャンパスや、5棟が東京都選定歴史的建造物の趣きのある校舎とともに作品を堪能できる。

期間 2016年11月19日(土)、20日(日)
会場 自由学園 東京都東久留米市学園町1-8-15 入場無料
詳細 http://www.jiyu.ac.jp


自由学園生活工芸研究所

1932年創設。「人々の生活のために、その美しさのために、その豊かさのために、その進歩のために」をモットーに、子どもたちの創造性を育てる玩具や、生活のなかから見つけた美しい色をデザインしたテキスタイルなどの研究・製作、自由学園の美術教育、全国友の会での工芸指導などを通じて、家庭社会に働きかけてきた。2014年4月に自由学園工芸研究所と自由学園消費経済研究部が統合し、自由学園生活工芸研究所となった。http://jiyu-craft.com


さらに詳しく知りたい方のために:

『バウハウスと茶の湯』(山脇道子著、新潮社)
裏千家の茶人の長女として生まれた山脇道子氏が、夫で建築家の山脇 巌氏とともに学んだバウハウスでの生活を綴った回顧録。そのなかに自由学園の羽仁もと子氏と娘の恵子氏、山室光子氏、笹川和子氏がバウハウスを訪れたときのことが写真とともに紹介されている。バウハウスの織物科で学んだ道子氏が、帰国後に自由学園生活工芸研究所でテキスタイルの指導にあたったことや、ドイツから持ち帰った織り機を同研究所に寄贈したことにも触れられている。道子氏の絨毯のデザイン原画や織り見本の写真なども掲載する。

「イッテン・シューレにおける造形教育の我が国への受容過程に関する一考察 :
山室光子・笹川和子両氏の業績をふまえて」

掲載は『美術科教育学会誌』第16号(美術教育学会)。高知大学の金子宣正氏が山室氏と笹川氏にインタビューし、イッテン・シューレ校での授業内容やふたりの作品などを掲載した論文。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110001852656



浦川愛亜/エディター&ライター。岡山県生まれ。日本大学藝術学部文芸学科ジャーナリズム専攻卒。『ECIFFO』『AXIS』編集部を経て、渡伊。帰国後、『Martha Stewart』日本版編集部を経て、2003年よりフリーに。デザイン分野を中心に雑誌、書籍、ウェブメディアで活動。書籍編集に『長大作 84歳現役デザイナー』(長 大作 著、ラトルズ刊)、『あそぶ、つくる、くらす デザイナーを辞めて彫刻家になった』(五十嵐威暢 著、ラトルズ刊)などがある。

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