連載コラム「クリエイターの想いを尋ねて」   

第13回「“ロボットを日常の風景にする”ことを目指して——デザイナー 松井龍哉」

16.04.12

ロボットデザインの分野に変化の兆しが見えはじめている。年内の発売を予定している家庭用ロボット「Patin(パタン)」を手がけた、フラワー・ロボティクスの代表で、デザイナーの松井龍哉氏にロボットデザインの現在、これからについて聞いた。

▲ AI搭載の自走式の家庭用ロボット「Patin(パタン)」(2016)。フランス語でスケートの意。家具や家電にスケート靴を履かせたら、新たな人工物ができるのではないかという発想から生まれた。

インタビュー・文/浦川愛亜

▲「Posy(ポージー)」(2001)。結婚式で花嫁を先導する3歳のフラワーガールから着想を得た。2030年を目処にパリのオペラ座でプリマドンナと共演することを目指し、現在も開発が続けられている。


人型ロボットをつくる日本

日本はロボット先進国と言われるほど、これまでさまざまなロボットを開発してきた。だが、日常生活への普及はなかなか進まない。

「生活に根ざしたデザインの発想が欠けていたのだと思います」と松井氏。そして、「これまでの日本製ロボットの産業への展開は、19世紀末頃の馬車に代わってクルマが誕生したときと同じような状況にありました」と語る。

最初につくられたクルマの姿は、馬車のデザインそのものだった。「今までになかったものをつくるのは難しいことで、まず世の中に受け入れてもらう必要があります。馬車を模倣してクルマがつくられたように、初めのうちは自分の持ち得る知識からつむいでいくしかなく、ロボットもマンガやアニメで観たようなわかりやすい人型が有用でした。ですが、その研究開発は基礎や応用に止まり、実用化に向けて考える人はほとんどいなかったのです」。

それによって二足歩行といった少しの動作ができたり、コミュニケーションがとれたりはするが、生活の中ではあまり役に立たず、普及を阻む要因の1つになっていたと松井氏は考える。


▲ 上は、音と光によるコミュニケーション型ロボット「Platina(プラティナ)」(2002)。下は2009年の水戸芸術館での展示風景。「Palette(パレット)」が西村優子氏制作の紙のドレスをまとい、環境に対応して動いていく。


人と共存する生活を想定して

フラワー・ロボティクスでは、2001年の創立以来、「ロボットを日常の風景にする」ことをビジョンに掲げている。同社でも人型ロボットをさまざまにつくってきたが、いずれも実生活の中で使われるときのことを想定した機能や役割を持たせてきた。

結婚式のフラワーガールをコンセプトにした「Posy(ポージー)」は、日本SGIと共同開発したもの。将来的にロボットが家庭の中に入ったときを見据えて、従来のような無機質な印象のものではなく、しなやかで優しい動作と人を幸せにする穏やかな存在感を目指した。

「Platina(プラティナ)」では、言葉ではなく、より感情に深く訴える音や光をコミュニケーションの媒介とする研究を行った。KDDIと共同開発した「Polaris(ポラリス)」では、スマートフォンやテレビと接続して、ユーザーとのコミュニケーションから得た情報を学習し、整理して的確に伝えるという機能を搭載した。

「Palette(パレット)」は、社会の中でのロボットの活用を考えた。これは店舗のショーウィンドーやギャラリーの展示会場などで、ポーズをとってモデルのように服やアクセサリーを魅力的に見せる、動くマネキンだ。

この「Palette」のように、近年はアイロボットの「ルンバ」やサイバーダインの介護用スーツ「HAL」、コマツの建設用機械といった、人に“価値を与える”機能を持ったロボットが登場しはじめている。現在のロボットデザインの状況を松井氏はこう見る。

「クルマの歴史に例えれば、現在は馬車のイメージから離れて、クルマという独自のものが生まれて進化していくというところ。その先に、世界初の量産車『T型フォード』のように広く大衆に普及していく時代に移行すると思いますが、そこに到達するまでにはかなり時間がかかることが懸念されます。今の時点ではまだロボットの機能よりも、存在自体が過大評価されている状況にあるからです。今後は生活の道具として、より優れた機能を持ったものを開発していくことが求められていくと思います」。


▲ 下の部分がプラットフォーム。照明やLEDプランターなどの交換可能なユニットを取り付けて使用する。


ロボット産業の広がりを願って

そうしたなかで「Patin(パタン)」は、ロボットのあり方を問うものであり、同社が目指す「ロボットを日常の風景にする」ことに向けた、さらに踏み込んだ新しいプロダクトである。

「Patin」は、自律行動や学習能力の機能を備え、状況や環境に適応しながら部屋の中を自在に移動する。そして、従来の家電のように人が操作するのではなく、人よりも前に気づいて行動する。主人が読書をしているときには近づいて照明を照らし、目に見えないミクロの汚れを感知して空気を浄化するなど、豊かな暮らしを促す、生活のパートナーといった存在だ。

「研究開発に多額な費用がかかるため、大企業や研究所が単独で行っていたことも、ロボット産業が広がっていかなかった原因だと思います」と松井氏。そこで大手だけでなく、中小企業やベンチャー、個人で活動するプログラマーなど、さまざまな人が参入しやすいように間口を広げる仕組みを考えた。

ユニットについては、サードパーティと連携して開発し、ソフトウェア開発キット「Patin SDK」を提供して、ROS(ロボットオペレーティングシステム)の専門知識がなくてもインターフェースの開発ができるようにした。多彩な分野の人との協働は、ユニットの種類を増やし、また新しいロボットづくりの可能性にもつながっていく。

▲ 松井氏が幼少期に特に好きだった特撮は、石ノ森章太郎作の『がんばれ!!ロボコン』。まさに日常の風景の中にロボットが存在する世界が描かれている。


日用品になるようなロボットをつくりたい

松井氏は子どもの頃、マンガやアニメを観てロボットをつくる科学者になることを夢見ていたという。小学4年生のとき、自宅のリフォームをする大工の仕事を見て、ものづくりへの興味がさらに高まった。大学ではコミュニケーションデザインについて学んだ。

在学中の講義の中で「すべての造形活動の最終目標は建築である」というバウハウスの理念に共鳴し、卒業後は建築家の丹下健三氏の事務所に入所。あるとき若いスタッフだけが集められて、丹下氏からこう言われたそうだ。

「物の本質は物理的なものだけにあるのではなく、21世紀にはさまざまな価値が情報とともに存在するようになる。だから、君たちは情報やネットワークの本質を勉強しなさい」と。その言葉が松井氏の人生を方向づけた。丹下氏からの紹介状を持って、国内外のさまざまな研究室に行き、コンピュータやネットワークについて学んだ。

次第にリアリティのある建築の現場と、情報のロジックの世界との差を感じはじめ、その溝を埋めるものは何かと考えていくうちに、ロボットデザインにたどり着いた。それからIBM・ロータスフランス社を経て、人工知能やシステムバイオロジーの世界的な研究者である北野宏明氏と出会い、科学技術振興事業団「北野共生システムプロジェクト」の研究員としてロボットデザインに携わり、2001年に独立して現在に至る。

▲ 年初にラスベガスで開かれた世界最大のコンシューマエレクトロニクスショー「CES2016」に初出展。多くの人に「Patin」の実機を体験してもらった。写真は、松井氏とフラワー・ロボティクスのスタッフ。


松井氏にとって最も興味があるのは「人の生活」であり、デザイナーとして、ものづくりをするなかで「どれだけ人々の生活の豊かさに寄与できるかが勝負」だと考えている。ロボットも生活道具の1つであり、家具や家電といったプロダクトの開発と目指すところは同じという意図だ。

つくりたいのは、SF映画に出てくるようなハイテクなロボットではない。「小津安二郎監督がもし生きていて、現代の日本を舞台に映画作品を撮り、そこにロボットが登場したと想像してみます。そんな小津作品に出てきそうな、日々の生活に当たり前にある、日用品になるようなロボットをつくりたいと思っています」。

そう語る松井氏は、ロボットをつくるなかに、「新しいデザインが生まれる大きな可能性が潜んでいる」のを感じているという。「ロボットは22世紀にはかなり進化して、生活に欠かせない道具になっているでしょう。ですから、21世紀の現在、いかに生活とロボットとの接点を見出して、今使える技術を集約させて生み出せるか。デザイナーが最も醍醐味を味わえるのは、まさに今ではないかと思います」。

今冬の発売が待たれる、従来にはなかったアプローチで展開していく「Patin」は、ロボット産業界はもちろん、閉塞感を抱えるプロダクトデザイン界にとっても新しい未来を拓くキーになるかもしれない。フラワー・ロボティクスでは、「Patin」を協働で開発するパートナー企業を募集している。興味を持たれた方は、特設サイトにアクセスを。


フラワー・ロボティクス
http://www.flower-robotics.com

Patin特設サイト
http://www.flower-robotics.com/patin


松井龍哉/フラワー・ロボティクス代表取締役、チーフデザイナー。1969年東京都生まれ。日本大学藝術学部デザイン学科卒業後、丹下健三・都市・建築設計研究所員、IBM・ロータスフランス社を経て、科学技術振興事業団ERATO北野共生システムプロジェクト研究員に。2001年、フラワー・ロボティクス社を設立。ロボットデザインのほか、航空会社スターフライヤーのトータルデザイン、ダンヒル銀座本店の店舗設計なども手がける。iFデザイン賞など受賞多数。



浦川愛亜/エディター&ライター。岡山県生まれ。日本大学藝術学部文芸学科ジャーナリズム専攻卒。『ECIFFO』『AXIS』編集部を経て、渡伊。帰国後、『Martha Stewart』日本版編集部を経て、2003年よりフリーに。デザイン分野を中心に雑誌、書籍、ウェブメディアで活動。書籍編集に『長大作 84歳現役デザイナー』(長 大作 著、ラトルズ刊)、『あそぶ、つくる、くらす デザイナーを辞めて彫刻家になった』(五十嵐威暢 著、ラトルズ刊)などがある。

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