書評   

創造への繋がり 33 『かたちの詩学 morphopoiesis』/評者 深澤直人(デザイナー)

11.03.17

『かたちの詩学 morphopoiesis』
向井周太郎 著(美術出版社・3,800円)

評者 深澤直人(デザイナー)

「サイエンス・オブ・デザイン」

 著者である向井周太郎氏は武蔵野美術大学の基礎デザイン学科の創設を起案した人物である。1967年のことだった。氏は本書において「基礎デザイン学とは、個々のデザイン分野という一本一本の柱を横につないで支える梁であり、それと同時に一本の柱としての全く新しい可能性を秘めた領野である」と説いている。まさに縦割り構造によってカテゴライズされたデザイン産業や、職業訓練化されたデザイン教育ではない、デザインを1つの専門領域に特定しない教育と研究を、むしろ「問題やプロセス全体の総合性にデザインという専門的特質がある」という考えによって実践してきた。「基礎デザイン」という言葉から、当初、その教育が専門教育の前段階のベーシックデザインであると誤解されるふしもあったようだ。
 氏は今年3月に同学科を退官したが、幸運にもその最終講議を聴講する機会を得て、その多次元な思考のパラダイムを目の当たりに体験した。その時空を超越したデザインの宇宙をここに説明することは不可能に近いが、そのパラダイムが氏の思考をビジュアライズしたモデルそのものであり、聴講者は氏の思考の宇宙遊泳に酔いしれた。
 思うに、ここに書き下ろされたエッセイの集合体こそが、散りばめられた星のように氏の思考の宇宙を構成しているに違いない。
 評することなどできない。評する言葉などを簡単に使えないというのが正直なところだ。だが読んでみるべきだと思う。デザインを掘り下げ、かたちの起源を探り、氏と同次元の地平に立った人々の詩に耳を傾ける。科学の実証のための実験が、あるいは観察と洞察の記録が遥かにアートの魅力を超えた輝きを放つことは珍しくない。この書は訴えではない。1つの筋ではなく星の瞬きのような多次元への思考の分散と集中である。
 『かたちのセミオシス』(思潮社刊 1986年)における書き下ろしエッセイ「かたちの誕生——身振りといのち」と、「世界プロセスとしての身振り」を『かたちの詩学』というかたちに再編した。そのなかの「擬態」「負の擬態」「両義像」などを読んでいると、「かくす」「めだつ」などの擬態の機能現象にはまっていく。日々デザインに明け暮れていると、ものの存在が身体の行為のなかに溶け込んでいかないか、というようなことを考える。あるいは行為は環境によって発生し、自覚的なものではないなどと思い、環境による自覚なき行為は身体のかたちを形成していくのではないかなどと考えを巡らせる。もののかたちの発生に起因するもの、あるいは同化してしまう凹と凸のような環境と身体、あるいは行為の組み合わせを考えてしまう。
 多義的なディメンションの空間をナビゲートしながら全体像や確固たるコンテクストを見い出すことは難しい。空間に放り出されてその環境の存在を体感していながら、遠目にその空間の入れ子を見渡すことはできない。
 氏曰く「デザインとは、本来そのポイエーシス(ギリシャ語のポエジー「詩」)というような意味での詩的営為である、あるいは、そうあってほしいと思うのです。科学者、詩人、デザイナーが一つであるような制作の世界でありたいと思うのです。デザインの教育や研究も、私はそのような意味での世界形成の創造的なプロセスであると考えています」。
 細胞を知ることによって宇宙全体を知る試みのように、かたちというものから入り込んだ思考の奥には底がない。この教育をプロジェクトと定義して学生と対話しながら見つけ出そうとした「かたち」から繋がる多くの筋。カテゴライズされないデザインとかたちと詩の宇宙を探索してほしい。(AXIS 105号 2003年7・8月より)

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