第16回「ユストラ社 一夜限りの移動シアター その1」
10.10.22

ハノーファー市の交通会社ユストラの主催で市電の車庫や旧車両、停留所、地下鉄線路といった、普段は演劇とは無縁の都市空間を一夜だけの移動シアターにするプロジェクトが実現しました。
上演されたのはイーゴリ・ストラヴィンスキーの作曲、シャルル・フェルディナン・ラミュの脚本で1918年にローザンヌで初演された『兵士の物語』(Historie de soldat)。この作品がつくられた当時は、第一次世界大戦末期の混迷の時代。劇場は閉鎖され、音楽家やダンサー、俳優も戦場から帰らぬ人となり、大きなアンサンブルを編成することも大掛かりな装置も夢のまた夢で、最小限のマテリアルと手段で最大限の表現効果を発揮せねばなりませんでした。1917年のロシア革命で私財を没収され、亡命者として経済的にもどん底にあった作曲家が、限りなくシンプルな舞台美術で、旅回りの小さな一座でも可能な新しいスタイルの音楽シアターをクリエイトしようとしたのです。

まず観客はハノーファー市街の南、デーレン地区にあるユストラ車庫に集まります。ユストラのブランドカラーである緑色の扉の奥にかつての貴重なトラムの数々が眠っています。

屋外の車庫にはジャスパー・モリソン設計のシルバーアローがズラリと並び壮観です。

ストーリーはアファナーシエフ編纂『ロシアの民話集』にある「脱走兵と悪魔」の話がベースになっています。休暇をもらった若い兵士が故郷の母の元へ向かう途中で一休みし、ヴァイオリンを弾いていて悪魔に出会い、未来を先読みし富を約束するという本と自分の魂でもあるヴァイオリンを交換するところから始まります。演ずるのはハノーファーの音楽・演劇系大学の学生たちで構成されたシアターアンサンブル「ロトルクス2(ROTOLUX 2)」。兵士役はダーヴィット・ミュラー、語り手と王女役がノーラ・デッカー、魅力的な悪魔をヤン・ヤロシェクが熱演。

『兵士の物語』はクラリネットとファゴット、トランペット、トロンボーン、パーカッション、ヴァイオリン、コントラバスの7人で構成される小さなオーケストラのために作曲されています。ここではハノーファー在住の若手音楽家からなる「階段室のオーケストラ(Orchestra im Treppenhaus)」のメンバーがタキシードではなくロシア移民風の衣装でパフォーマンス。指揮者はサングラスに金のネックレスをして70年代のキザ野郎という格好で出番の合間に靴を磨いていたり。この指揮者のトーマス・ポーストが今回のプロジェクトの発案者です。

一幕が終了後、次なる会場へは、「ミュージアムワゴン」とも呼ばれる、1929年と1950年製の2台のオールドタイマー(旧車両)で向かいます。

これは1929年製でインテリアも実にノスタルジック。通路を舞台に悪魔が観客を巻き込んでの爆笑即興ワンマンショーを開きました。

オールドタイマーでは運転手と同じ視界が開けていつもとは違う新しい街の風景を発見。ひょっとしてこれがタイムトンネルの中に吸い込まれて行く感覚なのではないかと想像したりもしました。
次回ではその他の会場の模様をレポートします。(文・写真/小町英恵)
この連載コラム「クリエイティブ・ドイチュラント」では、ハノーファー在住の文化ジャーナリスト&フォトグラファー、小町英恵さんに分野を限らずデザイン、建築、工芸、アートなど、さまざまな話題を提供いただきます。
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