2009.12.16

AXISフォーラム 阿部雅世さん講演 レポート その1(全3回)

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2009年7月30日にAXISギャラリーで催された、第32回 AXISフォーラム。阿部雅世さんが「感覚の美をデザインに求めて 9年間のデザインワークショップの軌跡」と題して行った講演の内容を、全3回にわたってお届けします。
 
第1回 ハプティック・インターフェース・デサインのワークショップ

 初めまして、前号の『AXIS』(139号)でご紹介いただきました阿部雅世と申します。今日はこんなにたくさんの方にお集まりいただきまして、大変恐縮しております。
 私は、日本で建築の勉強と仕事をしてから、工業デザインのマスターコースに参加するために、1989年にイタリアへ渡りまして、それからミラノに16年、2005年からはベルリンを活動の拠点にしております。デザインの仕事を始めたころから、素材の持つ触覚的な美であるとか、感覚的な美であるとか、そういったものに興味を持っておりましたが、16年間活動の拠点にしておりましたイタリアという国は、建築、デザイン、それからファッションやテキスタイル、工芸などが、とても近く関わりながら存在している国でしたので、さまざまな種類の仕事の中で、その興味を発展させてまいりました。
 振り返りますと、素材の感覚的な新しい価値を探るというテーマに初めて取り組んだのは、1991年にフランスのコンペで賞をいただいた「サウンド・オブ・マテリアル」というプロジェクトです。Lycraという商標で出ている伸縮性の高い素材に潜在する「触覚的な美」を求めて、いろいろな実験をし、ファッション、家具への応用例をつくってみたプロジェクトです。このプロジェクトから、もう20年近くが経ちますが、素材に潜在する感覚的な可能性を探ることは、ずっと自分のテーマであり、それを、いろいろなデザインプロジェクトの中で展開しながら、今日にまで至っております。そして、2001年からはデザインワークショップというかたちをとり、感覚の美をデザインに求めるための研究や、感覚を鍛えることを目的とした教育メソッドをつくることにも取り組んでおります。このワークショップという活動がどういうものなのか、興味をお持ちの方も多いと伺いまして、本日は、そのドキュメントを持っていまいりました。
 数えましたら、過去9年間の間に23のワークショップを指揮してまいりましたが、今日はその中から、ハプティック・インターフェース・デザインのワークショップ―これは、ベルリン芸術大学で大学生と行った研究活動です―それから、イタリアの職人さんとのデザインワークショップ、そして、近年力を入れております子供のためのデザインワークショップ、という3つのタイプのワークショップのそれぞれ代表的なプロジェクトをご覧いただこうと思います。3本立ての映画をご覧になるような感じでおつきあいいただければと思います。
 
素材に潜在する感覚的な可能性を探る

 私のワークショップ活動は、2001年にフランスのサンテティエンヌの芸術大学からの依頼で、8人の大学生と3週間にわたって行ったワークショップから始まっております。1990年以降、10年近くに渡ってデザインの現場で展開してきた、センソリアル(感覚的な)デザインの面白さを学生と分かち合って実験し発展させたい、という気持ちで始めたものです。そこではまず、「発見」のトレーニング、これは、工業素材を手でこねくりまわし、写真に撮ることでじっくりと観察し、その中にある美しい部分だとか、個性を引き出す作業ですが、そのような演習から始め、それから、私自身、紙の上ではなく、直接模型でスケッチするのですが、模型をつくっていく過程で、生まれてくるデザインというのは、頭で考えるデザインの何倍も面白いものですから、素材と対話しながら、感覚を総動員してデザインする面白さを体験してもらおうと、「シャボン玉をデザインする」ことに挑戦しました。
 例えば、椅子をデザインするときには、思いつく椅子の形を、紙の上にスケッチする人がほとんどです。でも、本来デザインすべきは、椅子の形ではなくて、その座り心地であり、座るための装置なので、はたして紙の上でスタートするのが正しいのかどうか、いつも、そういう疑問を持っています。シャボン玉をデザインするときに、どんなに完璧な丸を紙の上に描いても、いいシャボン玉はできないわけで、そのシャボン玉をつくる装置、そこにシャボン液がたくさん溜まるシステムをつくらなければいけない。シャボン液自体も、「味のあるシャボン玉」がつくれるような、いいレシピをつくらなければならない。シャボン玉というのは、その点がひじょうに明快ですので、針金など、自分たちで加工しやすい素材を集めて、いろいろな形をつくってシャボン玉を吹いてみて、どれをどうすると良いシャボン玉ができるのかを試してみました。そして、その過程で、ひと吹きでいつも双子のシャボン玉ができるという、こういう素敵なシャボン吹きが生まれまして、このプロジェクトは完成しました。それから、蛍光色を反射板として使うことで、空気に色をつけられる装置、というものにも取り組みました。
 こういうかたちで、学生を指揮しながら新しい実験に取り組むというのは初めてでしたが、ひじょうに内容豊かな楽しいものになりました。また、このワークショップのドキュメントが、同校が主宰する国際デザインビエンナーレで展示されたことで、いろいろな国の大学や研究機関、また工芸の産地などから、単発のデザインワークショップの依頼をいただくようになり、2004年には、国立ベルリン芸術大学の客員教授として、「ハプティック・インターフェース・デザイン・インスティテュート」というマスターレベルの研究室を、大学内に実験的に設立するという話をいただきまして、そこで、「触覚-さわり心地」をテーマの中心に据えた実験と研究を、本格的に展開することになりました。

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さわり心地に名前をつける試み

 ここで「触覚」をテーマの中心に据えたのは、ちょうどその話をいただく前に、原 研哉さんが企画されたHAPTICという展覧会に参加させていただいて、その座談会の席で、このテーマは、きちんとした分野として確立する必要がありますね、という話が出たことがきっかけです。また、このときの学生たちは、生まれた時から「ドント・タッチ(さわっちゃだめ)」と言われて育ってきた、ひじょうに触れることに飢えている世代ですので、その世代とこの問題に取り組むのは面白いかな、と思ったこともあります。
 ベルリン芸大はドイツの国立大学ですが、この講座には、9カ国から16人の学生が集まりましたので、まずは、さわり心地を表現する言葉をデザインする、というプロジェクトに取り組みました。日本語には、さわり心地を表現するオノマトペがたくさんあるのですが、ヨーロッパの言葉ですと、テクスチャーの状況を説明するような言葉であって、さわり心地を表現する言葉がないので、そのような言葉をデザインの国際技術用語として創作することはできるだろうかと。
 手法としては、どんな触覚に自分たちの生活が溢れているかを、街や公園にフィールドリサーチに出て集め、さわり心地が似ているもの同士で分類しまして、それぞれのさわり心地を表現できるような「名前」をデザインする、というものです。分類したサンプルを壁に張り出して、候補となりそうな言葉を挙げてゆき、いやどうも、それは自分にしっくりこない、これではどうだろう、と、16人が、心からこれだ、と思える言葉にたどり着くまで議論しながら、言葉をデザインしてゆきます。この最初の試みでは、「フワフワ」「ポコポコ」、これは日本語から採用されたものですが、それから、蛇腹状の「パランパラン」、枝毛状の「スプレティヒ」、ベルベットのような肌触りの「ハーラー」、しわしわでガサガサの「ラフリック」、シリコンのようなワックス状の手触りの「ジェミー」、それから、一見ベルベット状だけれど、触るとチクチクする「チック・ハーラー」という8つの言葉が生まれました。
 それから、ここで生まれた言葉を出発点にして、そういうさわり心地の素材を探したり、つくってみたり、それから、その素材を使って、デザインへの応用を試みました。手に握ったり抱きしめたり、そういうかたちでさわり心地を楽しむオブジェ、あごにフワフワと気持ちよく触れるネックレスですとか、握ったり開いたりしているだけで、さまざまな大きさのポコポコが、気持ちよく手を刺激する手袋。それから、さらさらと肌に触れて心地の良いテーブルウェアやデスクマット、体に気持ち良く触れてくるタイヤ型のソファ、それから、抱きしめると新雪を踏んだときのようなギュッギュッという音がするクッション。これは、中身がビスコースなんですが、ビスコースのファイバーは、握りしめるとそういう音がするんですね。そういうものが生まれてきまして、完成したプロダクトのプロトタイプのキャプションには、機能や素材、サイズのほかに、ハプティックタイプ、どんなさわり心地の製品なのかを記す項目も設けて、学期の終わりには、このような展覧会として成果を発表いたしました。
 この一連の捜索作業のあいだ、学生たちは、「もうちょっとパランパランを増やして」とか、「ここはもう少し細かいポコでいこうよ」とか、とても自然にこの創作語を使い始めまして、ハプティック語なしには、作業が進まないくらいになって。それで、この「創作ハプティック語」を、新しいデザインの技術用語として考えることはどうも夢ではなさそうだと、希望が見えてきた。それで、この創作言語を、さわり心地の基本用語を集めた辞書、『ハプティック・ディクショナリー』としてきちんとまとめてみようと、そういう課題に挑戦することにしたわけです。

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ハプティック・ディクショナリーをつくる

 ハプティック・ディクショナリーをまとめるプロジェクトは、イギリス人1名、ドイツ人2名、台湾人1名という、4名の学生で構成した特別チームをつくり、彼らとともに、今まで出てきた言葉を再検証し、足りない基本語を洗い出すことから始めました。また、ミラノのブレラ芸術大学というところでも、3日間のワークショップをやる機会をいただきましたので、イタリア人10名に、フランス人1名というチームにも、フィールドリサーチと、ハプティック語の創作に協力してもらいました。最初のフィールドリサーチは、秋の風景の中でやりましたが、この時は春。秋には見られなかった、みずみずしいテクスチャーがいっぱい見つかりまして、新たに11のハプティック語を追加することができました。
 この辞書は、自然のディテールからとったテクスチャーの参考写真、それから、触れることのできる素材、そして、ハプティック語という3つの要素で見せるものにしようと決めまして、最初のワークショップから1年がかりで完成いたしましたのが、さわり心地の基本40語をまとめた、こちらのハプティック・ディクショナリーの第1巻です。
 辞書と申しましても、この言葉を覚えなさいというよりは、むしろ、これは、こうやって心地を表現する言葉を創ることができますよ、という参考資料として見ていただくことで、触覚にこだわって一緒にプロジェクトをやろうという人々が、そのチームの中で共有できるハプティック語を自分たちでつくってみようか、と、そういう、きっかけになればと思っています。そのプロセスが、ハプティックを自分の技にするために、大切なような気がしますので。

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素材のさわり心地を開花させるハプティック・パネル

 ハプティック・インターフェース・デザイン研究室は、私が客員教授を務めました3年間の限定で実験的に設立したものですが、その間、さまざまな実験と研究をいたしました。参加した学生は、他大学からの参加者も含めますと、総勢70名近くになります。その最後のプロジェクトでは、さわり心地を表現する素材サンプル、「ハプティック・パネル」の制作に挑戦しました。今日、この会場の前室で、机の上に展示して触っていただいている、15×30センチの大きさのパネル20枚です。
 工業素材のさわり心地というのは、それ自体の性格が持つものというよりは、むしろ、いかに料理するかによって、ずいぶん変わってくるものなのですが、ふつう、素材のサンプルというと、四角く切ってラベルを貼ったものがほとんど。素材が潜在的に持つ触覚的な可能性を伝えるようなものには、あまりなっていないんですね。それで、ハプティック的な観点から言うと、それほど魅力的と思えないような素材……コピー用紙ですとか、アクリルシート、スポンジ、梱包用のPPバンド、それから、郵便局の切手を湿らすのに使われているようなタイプの、そのままだと相当やるせないさわり心地のスポンジなどを集めまして、図画工作的な加工を施し、さわり心地おいしく料理された状態を味わってもらえるような、素材の刺激的なサンプルを制作してみました。ずいぶん「触欲」をそそるものに変身しているでしょう。こういうサンプルに触発されることで、もっともっと斬新な素材の使い方、アイデアが生まれてくるのではないでしょうか。
 これは新しい「素材の見せ方」でもありまして、この後、素材メーカーから、「おいしそうなサンプル」を制作するという依頼をいただいたりもしています。今日ここに展示したサンプルは、研究室で最初につくった最初のサンプルで、大学で展示会をやったあと、ロンドン、ウィーン、エストニアと巡回展示して、たくさんの人に触っていただきました。それで、だいぶくたびれているサンプルもありますが、ともあれ、ついに東京まで持ってくることができたことをうれしく思います。本日だけの展示ですので、まだ、触っていらっしゃらない方は、ぜひ、触ってからお帰りになっていただければと思います。(次回、その2へ続く

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阿部雅世さんウェブサイト MasayoAve Creation http://www.macreation.org

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